三題噺(乾電池、おにぎりの具、ピラミッド)
ぱちり。
目だけで時計を見ようとした。少し届かず、やむを得ず身体を引きずって時計を見た。針は16時を指していた。テレビのリモコンのボタンを押した、しかしテレビは真っ暗なままで反応しなかった。親指に力を込めてグイグイと押し込んでみたが、やはりダメだった。
乾電池買いに行かなきゃ、どうしてリモコンはいまだに乾電池なの…。
スマートフォンを求めて身体の周りをパタパタと叩いたが、目当てのものはどこにも無かった。ハッと思い立って壁際に目をやると、間違いなく私のスマートフォンだが、ディスプレイが無惨にも粉々だった。
放り投げた携帯も、口から出した言葉も、後から引き戻すことはできない。流石に知ってはいたが、胸には重く響いた。
少し眠って空腹になったので、昼に作ったが食欲がなく食べられなかったおにぎりを頬張ることにした。おにぎりの具はいつものカマンベールチーズ。ヨーロッパの風味に幼い頃から慣れ親しんだ私には特に違和感がないが、友人におにぎりの具の話をするといつも笑われる。明太子を入れたら普通に美味しいし、ツナマヨの方がよほど変だと思うのだが。
家から少し離れた川の堤防沿いを歩きながら、ふうっ、と強く息を吐いた。
虫の声や車の音は広がり、空や世界に吸い込まれていく。家の中では全ての音は反響して私に返ってくる。真逆だった。
沈もうとする夕日に思わず砂漠のピラミッドの風景を重ねた。私のうまく行かない日常を、美しい太陽の光が照らしてくれるだろうか。
さて、明日はまずケータイショップだ。私は1人呟いた。
美容院でする話
今週のお題「美容室でする話」
初めて行った美容院だと、美容師さんは髪の話をしてくれるけど、僕はケアにそこまで気を遣ってるわけではないので、そういう話は適当に切り上げることが多いです。
自分から話すなら、まずは仕事の話や趣味の話の中でも、誰にでも共感理解できそうな話で探りを入れることが多いです。
また、美容師さんは地元出身の人が多いので、地元の話を少し打ち込んでみて、人となりや雰囲気を探るかな。
その後は試行錯誤です。手持ちでヒットしそうなネタを出してみたり、イマイチだったら切り上げて違うネタにしたりします。
内容は、最初は近くのおすすめの場所(遊びや買い物やカフェ)を聞くのが多いけど、それと合わせて仕事の話とか私生活の話とかを少し探っておいて、
あとはジムとか映画とか、本とかボードゲームとか、スポーツ観戦とか仕事の近況とか、あんま遠慮なくノンジャンルで話すことが多いです。
向こうもあんま遠慮ない人が担当につくことが多い気がします。
社交性について
同僚と刹那的なやりとりをしたあと、頭の中ですべてが反芻される
言うべきだったこと、言ってはいけなかったこと、
相手の表情、周りからの見え方、陰で言われそうなこと、
言ったことが傷つける人、言われたことの意味、
相手の話した内容の裏と、私の話した内容の裏
色々と考えた挙句、少しこころが疲れてしまう。社交性が低い。
宴会や立食、たくさんの人がいる場が特に得意ではなく、出来る限り回避してきた。
1人で仕事をしていた時は、人と関わって仕事をすることがかなり辛かった。納期を切ること、人から指摘を受けること、お前はこれが出来てない/分かってないといわれること。
毎日頭がジンジンと重くて、心臓が不自然に早鐘を打ち、よく冷や汗が出た。言葉が出なくなることもしょっちゅうだった。
耐える日々は苦しくて、面白いことは無かった。
それから環境が変わり、人の管理やフォローを任されるようになった。
これを受けて、心の持ちようがかなり変化した。
チーム内には昔の自分と同じように、上手くできなくてもがき苦しんでいる人たちの姿が見えた。
その姿と以前自分が苦しんでいた姿が、重なって見えた。
自然と彼らの支えになりたい、と思った。
少し時が過ぎ、いまは出社すると一日中誰かしらに話しかけられる。
相変わらずぼくの心に社交性はなく、仕事が終わるとパワポのように出来事のスライドショーが始まって、心がすり減っていく。
それでも日々のぼくのサポートが、何人かでも支えられていたらいいなあ、と思う。
性格がどうあっても、支えたいという気持ちがあれば、人を支えることはできると分かった
まとめようとしない
ブログや日記など文章を書こうとすると、特に誰が読むわけでもないにも関わらず、これまでの人生で受け取ったリアクションと同じ色の視線を想像し、こぢんまりとまとめてしまうことが多い。
まとめる過程で言いたいことが変わってしまうのは悲しい。言いたいことはこんなことだったのか?問い続けていきたい。
【嘘日記】モネ展
朝食を適当に済ませ、今日は何をしようかと考えていた。何もしなくても構わなかったが、クリスマスやお正月などのイベントが一通り終わって、次のイベントが3月〜4月の春休みと遠い今、先の見えない退屈な日々をただ過ごすことを少し忌避する気持ちがあった。
何か興味の湧くことが無いだろうか?と美術館や博物館の展示内容を調べていると、今は上野の国立西洋美術館でモネ展がやっているようだった。睡蓮や印象派のパステルカラーの色調が瞼の裏に浮かび、行こうかなと思った。家にいても退屈なので。
地下鉄の中ほどに立って乗りながら、正面に後ろ向きで立つ30台くらいの男性のスマホを肩越しに覗いていると、彼は3麻特有の鳴いて高めを目指す戦略のようだった。山ノ手に乗り換え、運良く座ることができた。池袋のあたりで乗り込んできたカップルの会話に聞き耳を立てていると、女の子がカフェのバイト先の先輩からチョコレートをもらったらしい。大丈夫か?
上野に着いた。
ドアが開いてから立ち上がり、ゆるゆると人波に従って電車を降りる。歩きながら肩から外してもいない小さなバッグの口に軽く右手を当てた。電車から出て数歩前に歩き、20~30秒ほど立ち止まった。改札の出口に向かって歩き出すと、人波はクリアになっており歩きやすかった。
西洋美術館へは、駅からは公園の入口か飲食店のビルか、どちらかから行くのがいつものルートだったけど、飲食店のビルから行くルートはパッと道が思い浮かばなかった。なので、今日は公園の正面入り口から行くことにした。
私は木々が両側に立つ曲がりくねった道を進んだ。少し湿り気を帯びたひんやりした空気が頬擦りするように私の顔を撫でた。木々が正面に立っては、居合のように右に左に抜けていった。春夏秋冬を感じ慣れたこの景色が、何となくホッとした気持ちにさせる。博物館を横目に見ながら進んでいくと、目指す国立西洋美術館の都会的なデザインの建物が大きくなってきた。
モネ展は特別展だが、当日チケットの列はさほどでもなかった。チケットを買って、案内に従って展示へ向かった。
エリアの説明を隈なく読み、1つずつ絵画を見ていく。一歩、一歩。絵画の正面に来たら少し立ち止まって、色彩やコントラストのバランスを噛み砕く。
最初のエリアはまだ若い頃の絵画。自然がとても精細に、画面の中に入り込んでしまいそうなほどリアルに描かれていた。この時期の絵は、私の知る睡蓮のモネとは少し違った。
そこからエリアをどんどん進んでいくと、有名な日の出の絵や人物画や着物の絵など、徐々にタッチがラフになっていく。特に印象的なのは水や空や自然が独特のうねりで表現され、色彩がどんどん明るくなっていった事だった。そこから、私も何度も見たことのある黄色いワンピースの女性の絵が出てきた。雲や花のタッチや、黄色がかった色彩の明るさ。ここに至れば、もう私の知る睡蓮のモネだった。
そして、最後によく知っている睡蓮を見た。ここにはたくさんの観衆がいたが、一歩一歩近づいていきしばらく近くで鑑賞することができた。もう何度も見てはいたけれど、細かい部分のタッチのラフさと、それがモザイク画のように統合されて生み出される全体としての印象や美意識に圧倒されるのだった。
見終わって、あっけなさに後ろ髪を引かれる思いで美術館を歩いて後にする。足も疲れ喉も渇いたので、すぐ近くにあるスタバで一服することにした。
トールのホワイトモカを片手に、並んで何とかありついた席に腰掛ける。窓の外で上野の街をいく人たちを眺めながら、ホワイトモカを一口啜る。
モネを見たって何かが変わるわけではない。そもそも、モネに何かを求めているわけでもない。
ではなぜ観にきたのだろう?
いや、そんなことばかりだ。と思い返しながら、窓の外の上野を行く美しい女性たちの後ろ姿を見ていた。
【嘘日記】大きな白い鳥居
今日はお休みだった。
昨日から雪が降り続いており、雪国なので大通りはきちんと除雪されていたが、そこから逸れて小さい道に入ると、軒並みガチガチに凍っていた。
今日は家で過ごすしかないかな、と最初に思ったが、会社員生活も長く、病気・家族・休日出勤など、人生における自分では決められない要素の多さに気がついており、休日の貴重さが身に染みていた。
こんな日に車で外出するのはスリップするかもと思い怖かったが、雪国の冬の姿が見たかった。そのためには、雪の時に車で出かけるしかなかった。
車はスタッドレスを履いていたが、雪国の冬は怖い。これまでずっと関東に住んでいたが、ここに異動してきて深夜に車で帰る時、それまで体感したことのない、スケートリンク上を車で走るような感触を味わった。日中の気温が0℃からマイナスなので、太陽がちょっと溶かした氷が夕方や夜に綺麗に凍って、万物の摩擦を消す邪悪なコーティングを施すのだ。
僕は車に乗り込んで、大通り沿いを走った。少し渋滞はしていたが、予想通り除雪されていて特に問題はなかった。高速に乗り、目的地に向かい滑走していった。目に入る景色は、高速に急速に白銀に変わっていた。
ICで降りると、やはり同じように大通り沿いは除雪されていた。すぐの道の駅にまずは停車し、道の駅とは思えないクオリティの天丼に舌鼓を打ちながら、作戦を練った。
近くの神社に初詣に行ってみようかな、そう思った。
カーナビに打ち込むと10分そこそこだった。このくらいならいいかと思い、車を走らせた。
ところが、目的地の近くになって様子が変わってきた。
除雪レベルが、、、除雪レベルが低すぎる…!
目的地の神社はぐるりと迂回していかなければいけないようだったが、坂を登って下っていく道だった。その道が、積もった雪を車がしっかりとガチガチに踏み固めてくれたといったような道だった…!
下り坂を下る時、ブレーキを踏んでも踏んでもガガガ、ガガガ、という嫌な音がしてブレーキが全く効かず、全く止まらない。ぶつけることこそなかったものの、生きた心地が全くしなかった。
何とか坂を下ると目的の神社があった。
目に飛び込んできたのは、
真っ白な世界の、真っ白な鳥居だった。
色々あったけれど、やはり行くべきだったと思う。